AIは最高級言語になれるのか? -「動いている挙動が正義」から始める設計論- ⑤

※本記事は、筆者の考えをもとに、生成AI(ChatGPT)と対話しながら構成・文章化したものです

― オブジェクト指向・UNIX・AIを一本の線で結ぶ「信じない設計」―

ここまで私は、
「AIは最高級言語になれるのか?」という問いを軸に、

  • 仕様駆動AI開発という実践
  • 「動いている挙動が正義」という判断基準
  • 実行結果を唯一の現実とする設計

について書いてきた。

だが、ここにきて一つの事実に気づいた。

これは新しい思想ではない。

むしろ私は、
ずっと前から知っていた思想の延長線上を歩いていただけだった。


Li+ の“祖父”は何だったのか

AI、GitHub Actions、CI、Li+。
一見すると現代的な要素ばかりに見える。

しかし、それらを貫いている設計原則を遡っていくと、
ある一点に行き着く。

**オブジェクト指向の「概念」**だ。

ここで言うオブジェクト指向とは、

  • クラス
  • 継承
  • デザインパターン

といった実装技法の話ではない

もっと根源的な思想――
**「人間はすべてを理解できない」**という前提に立った設計態度のことだ。


信じないために、境界を作る

オブジェクト指向が本来やりたかったことは、極めてシンプルだった。

  • 内部実装を信用しない
  • だから境界を作る
  • 境界越しには契約(インタフェース)だけを見る

これは「便利にするため」の思想ではない。
壊れないための思想だ。

人間は複雑なものを正しく理解し続けられない。
だからこそ、理解できなくても扱える構造を作る。

この発想は、そのまま UNIX 思想へとつながっていく。


UNIX がやったことも、同じだった

UNIX はこう言った。

  • プロセスの中身を見るな
  • 状態を信用するな
  • 振る舞いだけを見ろ
  • 動いている事実を正とせよ

これはオブジェクト指向と対立する思想ではない。
同じ不信感から生まれた、別の表現だ。

  • オブジェクト指向:
    内部実装を信用しない
  • UNIX:
    内部状態を信用しない

方向が違うだけで、根は同じ。


そして dipper、Li+ へ

私が bash で作った dipper は、
結果的に UNIX 的な構造を持つことになった。

それは UNIX を真似たからではない。

  • 未来を予測しない
  • 「次はこうなるはず」をロジックに入れない
  • 過去に観測した事実だけで判断する

そう設計した結果、
自然と UNIX に近づいただけだ。

Li+ も同じだ。

  • AI の推論を信用しない
  • 実行結果だけを見る
  • 未来は設計しない
  • 未来はスケジュールに落とす

これは AI 時代の新発明ではない。
オブジェクト指向と UNIX が持っていた思想を、
AI と実行環境の関係に移植しただけ
だ。


「動いている挙動が正義」という一点

ここで全てが一本につながる。

  • オブジェクト指向(概念)
  • UNIX 思想
  • dipper
  • Li+

これらを貫いている原則は、たった一つ。

判断は、観測済みの現実にのみ基づく

未来は嘘をつく。
推論は外れる。
設計は裏切られる。

だから私は、
「動いている挙動」を唯一の正義として扱う設計を選んだ。


おわりに ― 思想は、後から名前が付く

ここまで振り返ってみて、はっきりしたことがある。

私は最初から
「AIを言語にしよう」と考えていたわけではなかった。
ましてや、新しい思想を生み出そうとしていたわけでもない。

ただ、

  • 動かして
  • 運用して
  • 違和感を覚えて
  • 壊れない選択を積み重ねてきただけ

その結果として、

  • dipper が生まれ
  • Li+ が生まれ
  • それらを貫く設計原則が、後から言語化された

というだけだ。


発明は、理論から始まらない

振り返ると、この流れはとても古典的だ。

実装 → 運用 → 違和感 → 言語 → 理論

これは、OS という概念が生まれたときも、
UNIX 思想が整理されたときも、
オブジェクト指向が「思想」として語られるようになったときも、
ほぼ同じ道を辿っている。

理論が先にあったのではない。
壊れないための選択が先にあり、
理論は後から追いついてきただけ
だ。


AI 時代に変わったのは「対象」だけ

Li+ は、AI という新しい対象を扱っている。

だが、やっていることは変わっていない。

  • 推論を信用しない
  • 未来を信用しない
  • 正しさを主張しない
  • 動いている挙動だけを見る

これは AI を疑っているのではない。
現実を甘く見ないという、ただそれだけの態度だ。


「AIは最高級言語になれるのか?」への暫定的な答え

この問いに対する、今の私の答えはこうだ。

AIは、
正しさを語る言語にはなれない。
だが、
現実に縛られる構造の中では、
最高級言語になりうる。

条件は一つだけ。

判断を、観測された現実に縛ること。


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